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横浜地方裁判所 昭和39年(ヨ)129号 判決

申請人 佐藤市助

被申請人 共同タクシー株式会社

主文

(1)  本件申請を却下する。

(2)  申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

(申請人代理人)

(1)  申請人は被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

(2)  被申請人は申請人に対し昭和三八年一一月七日以降本案判決確定に至る迄一ケ月金三五、二五七円の割合による金員を支払え。

(被申請人代理人)

申請人の申請はいずれもこれを棄却する。

第二申請人の主張

(一)  被申請人(以下会社という)は川崎市大師川中島町九五番地に本店を有するタクシー運送(一般乗用旅客自動車運送事業)を業とする会社である。

申請人はタクシー運転手として会社業務に従事する従業員であり、且つ右会社従業員で組織する全国自動車交通労働組合連合会神奈川地方自動車交通労働組合川崎共同タクシー支部(以下神自交川崎共同タクシー支部という)組合員で、執行委員である。

(二)  昭和三八年一一月六日、会社は申請人に対し、同人に就業規則第二二条第六号、第九号、第一二号に該当する行為があつたとして懲戒解雇の意思表示をなし、以後申請人を従業員として取扱わず、労務の受領をも拒否している。

(三)  しかしながら、右懲戒解雇は以下に述べるような事由により無効であつて、申請人は依然として会社の従業員たる地位を有する。

(1)  申請人は懲戒解雇を甘受しなければならぬような行為は何もしていない。会社は申請人の懲戒解雇事由として、昭和三八年一一月五日午後一〇時三〇分頃東京都大田区仲蒲田一丁目花見橋袂交叉点において申請人運転の乗用自動車と申請外駒村勇運転の自動車とが接触事故を惹起した事実を挙げ、右事故は申請人の酒気帯び運転並びに一時停止義務違反に起因すると主張して、その懲戒解雇を正当化せんとしている。

前記接触事故のあつたことについては申請人もこれを認めるに吝かでないが、しかし右事故は右駒村の過失に起因するものであり、申請人には右事故につきなんら過失はない。申請人に過失のなかつたことは、その後申請人が右事故について何ら刑事責任を追求されていないことをみても明らかである。即ち、近時の厳しい交通取締の実状からみて、もし申請人に何らかの意味で過失ありと認められるのであれば、直ちに起訴手続がとられている筈である。そういう手続がとられていないことは申請人に過失のない証左である。万一過失があつたとしても、それは極めて軽微なものであることを示している。到底かような事故をもつて就業規則に違反すると問責して懲戒解雇にでることはできない。また仮りに、申請人に右事故につき責を問わるべき過失があつたとしても、会社従業員の中には本件解雇の意思表示のなされる迄にも、種々の過失あるいは非行を犯した者があつたところ、会社はこれらの者に懲戒処分などをとることなく放置していた。即ち、従来会社の雇傭する運転手で道路交通法違反等の刑事事件を惹起した例は枚挙に暇ない程であるが、会社がこれらの者の責任を追求し、就業規則その他に違反するとの廉をもつて、これらを解雇その他の処分に付したことはない。更に申請人に対する解雇処分後のことではあるが、会社従業員(運転手)等数名が賭博罪を犯し逮捕された事故が発生している。しかるに会社は、これら従業員に対し就業規則違反を問責していない。かような前例と対比して考えてみると、申請人が前記のような事故を起したからといつて、これをとらえて申請人に対してのみ懲戒解雇という最も重い処分を行うことは、彼此権衡を失するばかりでなく、申請人の犯した過失と処分との間にも甚しく均衡を欠いた措置であつて、結局本件懲戒解雇は就業規則の適用を誤り、ひいては解雇権の濫用に当るものとして、無効であるといわざるをえない。

(2)  そのうえ、会社のいう就業規則なるものは従業員に明示されたこともなく、申請人らにおいて閲覧を要求しても、会社はこれに応じたことがなかつたのである。したがつて、本件懲戒解雇の根拠とされている就業規則なるものは存在しなかつたとみるべく、申請人ら会社従業員に対して適用あるものと考えることはできない。ところで、懲戒処分は明示の根拠規定なしに行うことを許されないものであるから、ひつきよう、本件懲戒解雇は明示の根拠規定に基かずに行われたことになり、無効たらざるをえないことになる。

(3)  会社が申請人を懲戒解雇に付した決定的理由は、申請人の労働組合活動を嫌悪したことにある。即ち、申請人は昭和三五年五月三一日結成された神自交川崎共同タクシー支部の結成以来の活動家であり、本件懲戒解雇の意思表示がなされた時にも引続き右組合の構成員であつた。ところで数年前より会社は右組合の切崩し工作を始め、いわゆる第二組合の結成などを目論み、ために昭和三八年九月頃には神自交川崎共同タクシー支部はその構成員僅か二名という状態に迄追いやられていた。もつとも同年九月頃より第二組合の性格に反撥して、神自交川崎共同タクシー支部に加入する者が大量に現われ、組合員は一時三〇名位となつた。しかしそれも束の間、その頃より一段と激しくなつた会社の切崩工作のため、昭和三九年一月には組合員は一〇名に、それがさらに四名と減少し、昭和四〇年一月現在では三名になつてしまつているのである。即ち会社は、昭和三八年一〇月のタクシー運賃の値上の際、神自交川崎共同タクシー支部と会社との従前の賃金協定を無視し、一方的に賃金を決めて支給する態度をとつたので、これに抗議して組合は遵法闘争を始めたところ、会社はこれに弾圧の方針をもつて臨んできて、右組合員に対し無差別に一〇分の一の賃金カツトを行い、支部長に対しては無期限で右一〇分の一賃金カツトを通告してくるような有様であつたため、これに抗し切れず、組合員は次々と脱落し前記の如き状態となつたわけである。

右のような至難な事態に面している神自交川崎共同タクシー支部の中にあつて、申請人は一貫して右組合の会計担当役員として組合活動を続け、常に支部組合員たる立場を変えなかつた。会社はかような申請人を嫌悪して、前記支部の壊滅をはかるため、(1)記載の接触事故に藉口して、解雇に踏切つたのである。してみると、本件解雇の真相は、申請人の正当な労働組合活動を理由としたものにほかならずこれはいわゆる不当労働行為であつて、本件解雇は無効とすべきである。

(4)  本件懲戒解雇には左記の如き手続上の瑕疵がある。

(イ) 労働基準法第二〇条によれば、使用者が労働者を解雇する場合にはその旨を三〇日前に予告するか、三〇日分の平均賃金を支払わなくてはならぬものと定められている。もつとも労働者の責に帰すべき事由による解雇の場合には、これは必要でない。しかしこの場合には、同条第三項によつて労働基準監督署長の除外認定をえなくてはならぬものとされている。これは使用者が懲戒解雇を恣意的になすことにより、労働基準法第二〇条の予告制度を潜脱するおそれがあるため、法はこれを防止せんとして労働者は何人たりとも右の認定をえた後でなくてはかかる解雇を受けることはないと定めているのである。従つて、右規定は労働条件の最低基準を定めたものであり、それ故に強行法としての効力を有するものである。この理は、右規定に反した者に対し法が罰則をもつて臨んでいることからして明白である。ところが申請人に対する本件懲戒解雇は、右の除外認定を受けずして即時になされたものである。本件懲戒解雇はまさしく労働基準法違反として、会社は処罰を受けなくてはならぬ事案なのであり、本件懲戒解雇は強行法規に反したものとして無効とせざるをえないのである。

(ロ) 更に会社就業規則第二一条第四号には「懲戒解雇・所轄労働基準監督署の認定をうけて予告期間を設けることなく、且、予告手当を支給することなく即時に解雇する」と定められている。そこで仮りに、(イ)記載の理由によつては本件懲戒解雇が無効とされないとしても、会社は就業規則において、懲戒解雇につきその効力発生要件として所轄労働基準監督署(長)の認定を受けるべきことを自ら定めているのであるから、前記の如く除外認定を受けないでした本件懲戒解雇は、就業規則に違反していることとなり、無効たらざるをえないのである。

(四)  本件仮処分の必要性は以下に述べるとおりである。

(1)  申請人が会社との雇傭契約により取得する経済的利益として先ず考えられるのは賃金請求権であるが、これのみにとどまらず、被傭労働者は使用者側が従業員の労働力再生産をまかなうため設けている健康保険、厚生年金、労災保険等の社会保障の諸制度あるいは会社の厚生施設、厚生行事等の利用による利益をうけうる。申請人はこれら賃金及び経済的諸利益を得て生活を支えてきた労働者である。右利益が本件解雇処分により奪われている以上本人及びその家族の生活が著るしく脅かされていることは明らかである。もつとも、申請人が本件解雇後他で運転業務に従事して日々の生活を支えていることは事実である。しかしこれはその日の生活に追われている申請人が、係争期間中の生活を支えるため、やむをえず働いているにすぎず、しかも申請人は本件解雇を争い係争中であるため正式採用されていないのであつて、右業務従事はいわゆるアルバイトであるにすぎず、そのため単純に労働の対価である日当のみの支払をうけ、これ以外の種々の経済的利益は享けていないのである。かようなアルバイトに従事し生活を支えていることをもつて、仮処分の必要性を阻却するというのであるならば、解雇の意思表示を受けた労働者は収入をうることを差控えて、長期化している仮処分の帰趨を待たなくてはならないということになる。しかし仮処分の必要性なるものがかような事態迄要求しているものでないことは明らかである。

(2)  労働者は単に経済的利益のみを享受するだけでは人間らしい生活を続けることはできない。労働者は労働過程に身を置くことにより勤労の意欲を充足し、自己の能力を向上させ、人間的な満足をうることができる。労働者が長期に亘り恒常的な労働過程から追放される時、その者の精神的技術的堕落の危険は大きいといわなければならない。申請人は雇用者側の都合で就労の機会が大幅に左右される日傭労働者の地位に在り、たえず右の危険に直面している。

また申請人は解雇処分をうけているため、その家庭は不安な日々を送らざるをえず、申請人の精神的損害は日ましに増大する一方である。

さらに申請人は、今後も組合活動を続けたい意向をもつているところ、神自交川崎共同タクシー支部は組合員の減少をきたしており、申請人の企業復帰が遅れているうち、右組合は崩壊するおそれもある。かくては申請人の右組合によつて活動を続けたいという希望は達成されないことになろう。本件解雇は、申請人が労働者として有するかような団結権に対する急迫な侵害ともいえるから、これを仮処分によつて防止し、申請人を早急に企業内部に復帰させる必要があるといえよう。

(五)  そこで申請人は会社に対し、雇傭契約上の地位確認等の本案訴訟を提起する予定であるが、その判決の確定をまつていては、労働者として回復し難い損害を受けるので、本件申請に及んだ次第である。

第三被申請人の答弁並びに主張

(一)  第二の(一)のうち被申請人が申請人の主張どおりの会社であることは認める。申請人がタクシー運転手として会社業務に従事する従業員であつたことは認めるが、現に従業員たる身分をもつていることは否認する。その余の事実は不知。

(二)  第二の(二)の事実は認める。

(三)  (1) 第二の(三)(1)のうち会社が申請人を懲戒解雇にした事由として申請人の主張する接触事故を挙げていることは認める。右事故の詳細は次のようなものであつた。

申請人は昭和三八年一一月五日勤務時間中なるにかかわらず、営業免許区域外の東京都大田区蓮沼三丁目一番地の一の申請人自宅に立寄り、相当量の飲酒をして、酩酊のため自動車運転者として充分な注意を払えない状態であつたのに、敢て自車(ダツトサン神あ九一七五号)を運転し、同日午後一〇時三〇分頃同区仲蒲田一丁目花見橋袂交叉点に差掛つたのであるが、その際一旦停止義務を怠り、申請外駒村勇運転のダイハツ三輪車に自車を接触させ、双方車をいずれも損傷する事故を惹起したのである。

申請人は、タクシー運転手という一瞬の過失が重大な結果を招来する危険のある業務に従事する者として、業務従事中は常に他人の生命、身体その他の諸法益に及ぼす危害を未然に防止すべき業務上の注意義務を払わなくてはならない地位にあり、飲酒のうえ運転をするなどとは論外の暴挙といわなくてはならない。

既に昭和三四年九月会社(その当時は川崎共同タクシー企業組合)は申請人を雇傭するに際し、酒気を帯びて乗務することを禁止する条項を含む運転者服務規律に従つて勤務することを求め、申請人もこれを誓約している。そして右規律は、その後会社に引継がれ、申請人もこれを引続き誓約しているうえ、会社は乗務者に対しては常に安全運転について指示を与えていたのである。

申請人はそれ迄に三度いわゆる煙突行為(メーター不倒)を犯し、会社より懲罰を加えられていた事実があり、そのほか申請人は酒瓶を携帯して乗勤するとの報告を受けたことも、勤務中川崎市内の屋台店で飲酒しているところを発見されたこともあり、その都度会社より注意を与えられ、更に就業規則第二二条第一乃至第三号により出勤停止その他の懲戒処分を受けたこと迄あり、かような事由から申請人は運転業務不適格者と思料されていたところに、前記事故を惹起したのである。

右は先ず、会社が業務上常に与えて来た安全運転の指示命令に反している故、就業規則第二二条一二号(業務上の指揮命令に違反した時)に、飲酒のうえ敢えて運転して接触事故を起したことは、講学上の未必的故意ありたるものといえる故同条六号(故意に災害事故をひき起し〔中略〕た時)に、しからずとするも少なくも同条第一三号(前各号に準ずる程度の不都合な行為をした時)に、そして現今交通事情よりみて、最も厳しく糾弾さるべき飲酒運転をしたことは、安全運転を公的至上命令として要請されるタクシー会社たる会社の名誉信用を傷つけること甚しいものがあるので、同条九号(会社の名誉信用を傷つけた時)に、いずれも該当する。もはや会社としては申請人を運転手として雇傭することはできないと判断するのが当然であり、そのため会社は右の各事由を根拠に本件懲戒解雇の意思表示をしたのである。

なるほど右事故につき、申請人が刑事責任を追求されていないことは事実であるが、これは会社従業員たる申請外木村幸が右事故直後取調警察官に再三謝罪した結果、右警察官が申請人の老令などを考慮して不問に付してくれたためであつて、申請人に責任なきが故ではない。

(2) 第二の(三)(2)は否認する。会社の就業規則は昭和三七年九月に作成され、労働基準監督署長に届出を済せたうえ、本件懲戒解雇当時会社従業員控室の掲示板傍に備えつけられて、運転手を含む従業員全員に周知させるべき措置がとられていた。従つて申請人も当然就業規則の内容を了知していたはずであり、また了知すべきものであつた。

(3) 第二の(三)(3)の事実は否認する。

(4) 第二の(三)(4)(イ)のうち、申請人に対する本件懲戒解雇が労働基準監督署長の除外認定をまたずになされたことは認める。しかし除外認定をえていない懲戒解雇も有効である。即ち懲戒解雇は使用者に固有の懲戒権に基づくものであるから、客観的に懲戒解雇に値するような事由が存在するときは、使用者は有効且つ当然に即時解雇をなしうる。除外認定は労務行政上の監督を実効あらしめる手続として設けられたもので、その性格は単なる事実の確認であるにすぎないのである。解雇の有効・無効は除外認定の有無にかかわらず客観的な解雇事由の存否によつて定まるのである。

第二の(三)(4)(ロ)の記載事実のうち、会社就業規則第二一条四号に申請人主張のごとき規定のあることは認める。しかし右は除外事由の存否につき事前に所轄労働基準監督署長の認定を受けなくてはならないとの労働基準法第二〇条第三項、同法施行規則第七条の規定に従つて、同一の文言を用いただけのことであつて、とくに会社が使用者として行うべき懲戒解雇権の行使を自ら制限した趣旨のものではない。(なお、昭和四〇年六月四日所轄労働基準監督署長は本件懲戒解雇について右除外認定を与えている。)

(四)  申請人の本件仮処分申請はその必要性を欠いている。即ち申請人は会社より解雇された直後の昭和三八年一一月一五日より、労働大臣認可の運転従事者紹介機関である日本自動車運転士労働組合神奈川県支部の斡旋により、現に運転業務に従事して賃金をえており、従前と同様に賃金生活者として生活の資をえているのであるから、特に仮処分によりその地位を保全し、賃金の仮払いを求めなくてはならぬ程の必要性はないのである。

第四疎明〈省略〉

理由

(一)  会社が川崎市大師川中島町九五番地に本店を有するタクシー運送(一般乗用旅客自動車運送事業)を業とする会社であること、申請人がタクシー運転手として会社の業務に従事する従業員であつたこと並びに昭和三八年一一月六日会社は申請人に対し、同人に会社就業規則第二二条第六号、第九号、第一二号に該当する行為があつたとして、懲戒解雇の意思表示をなし、以後申請人を従業員として扱わず、労務の受領を拒否していることは、当事者間に争いがない。

(二)  そこで申請人に懲戒解雇に値する行為があつたか否かにつき判断を加える。

昭和三八年一一月五日午後一〇時三〇分頃東京都大田区仲蒲田一丁目花見橋袂交叉点において、申請人運転の自動車と申請外駒村勇運転に係る自動車とが接触事故を惹起したことは当事者間に争いない。

そこで右事故につきその原因を検討するに、証人駒村勇、木村幸の各証言及び申請人本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)によれば、右事故当日申請人は乗車勤務中に自宅に立寄つて夕食をとつたが、その際相当量の飲酒をなし、自動車の運転に支障をきたすような状態に陥つていながら、そのまま運転を続け、前示事故現場に到つたこと、事故現場の交叉点は申請外駒村の運転方向に優先通行権があり、申請人と同一方向に進行する自動車が一台一時停止をしていたのに、申請人はこれに随わず、多少速度を落しはしたもののそのまま右停止車の傍を通り抜け交叉点に進入したため、折柄右交叉点を申請人運転車とほぼ直角に進行していた申請外駒村の運転車と衝突してしまつたこと、申請外駒村の方では衝突直前申請人運転車を発見し、衝突を避けるため、右にハンドルを切つたけれども、申請人の方では何んらの措置を講ぜぬままであつたこともあつて遂に衝突の事態に至つてしまつたこと、以上の事実が認められる。申請人本人尋問の結果中には、右認定と異り、申請人は事故現場で一時停止をしており、ただ一時停止地点では左右の見通しがきかないので緩速度で交叉点に進入しかけたところを申請外駒村運転車に追突された旨及びその当時申請人は日本酒を六・七勺程度飲んでいただけであつて運転に支障をきたすことはなかつた旨の供述部分があるけれども、右部分は、(弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる)疎乙第六号証の一乃至三及び証人駒村勇の証言を綜合して認められる、申請人の運転車前部右寄り部分と申請外駒村の運転車左側前部寄りとが接触損傷している事実よりすると、優先通行権のある申請外駒村の運転車側面に申請人運転車が衝突したと認定できるうえ、前同証言より認められる衝突後の状況、即ち衝突後申請外駒村及び同乗者は事故後下車して事故の状況を調査しようとしたところ、申請人は運転席でラヂオを鳴らしたまま容易に下車して来ず、促がされて現場付近の警察派出所に出頭してきた際にはチユーインガムを噛みながらであつたけれども、派出所内は酒気が明らかに認められる程度匂つており、警察官より申請人は飲酒を咎められていたことからみると、申請人は事故当時一見して明白な飲酒状態にあり、そのため運転に支障をきたす状況であつたと認める外ないので、結局申請人本人尋問の結果中さきの認定に反する部分は措信することはできず、他に右認定を左右しうるに足りる証拠はない。

しからば前記事故は、申請人が飲酒のため自動車運転に必要な注意力を欠いた状態であつたのに、あえて自動車を運転し、交叉点を通過するに当り前方注視義務を尽くすことなく、一時停止もせずに進行したため発生したものということができる。

(三)  ところで(被申請人代表者本人尋問の結果真正に成立したと認められる)疎乙第一及び第二号証、(成立に争いのない)疎乙第八号及び第九号証並びに被申請人代表者本人尋問の結果によれば、会社には昭和三七年九月二一日川崎労働基準監督署長に届出た就業規則及び運転者服務規律が制定されてあり、新たに運転手を雇い入れる際にはこれを閲覧させ、これを遵守して就労する旨誓約させておるほか、右就業規則を会社従業員控室の掲示板の傍に備えつけ、従業員の閲覧に供していたこと、運転者服務規律第二一条イ号には酒気帯び運転を厳禁する定めがあり、就業規則第二二条には制裁の事由の定めがなされているが、その事由として、故意に災害事故をひき起した時(第六号)、会社の名誉信用を傷つけた時(第九号)、業務上の指揮命令に違反した時(第一二号)、その他右に準ずる程度の不都合な行為をした時(第一三号)などが列挙されていること、以上の事実が認められる。右認定に反し、就業規則は従業員に明示されておらずその内容もわからなかつた旨の証人吉沢優、同会森勝太郎の各証言および申請人本人の供述部分は、そのまま採用することはできず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(四)  以上認定の各事実によると、会社は、申請人が飲酒運転に起因する接触事故を惹き起したことが就業規則所定の制裁事由に該当する限りその定めるところに従つて、申請人に対し懲戒権を行使することができるといわなければならない。ところで、申請人の所為は、前記服務規律第二一条イ号の禁止規定に違反し、ひいては就業規則第二二条第一二号に該当することが明らかなばかりでなく、会社の業務内容から考えて、同条第九号にも該当することが明らかである。けだし、タクシー運転手なる者は客を運送中はその者の生命、身体を全面的に委ねられる立場にあり、また運転中は常に通行人・通行車の安全を計らなくてはならない立場にあつて、いささかなりとも飲酒運転の許さるべきでないことは、改めていうまでもないにかかわらず、従業員中からかような社会的非難に値する運転手が出たことは、会社としての社会的名誉信用を傷つけられたというにいささかの妨げもないからである。加うるに、成立に争いのない乙第七号証の一、二によると、申請人は過去にメーター不倒で六日間の出勤停止処分を受けたことがあることを認めることができる。かような申請人について、会社が本件事故を契機として、就業規則に定めある懲戒解雇処分を選択して、申請人を企業内から放逐しようとすることは、今日の交通事情からみて特に厳しい規律を社会的に要請されているタクシー業者たる会社にとつて当然の措置といえるであろう。

してみると、本件懲戒解雇は、明示の根拠規定なしに行われたものとはいえず、またその選択を誤つたものともいえないから会社が右就業規則違反を事由として申請人を懲戒解雇に付したことは相当である。

申請人が検察庁において不起訴処分となつていること(この点は当事者間に争いない)は、右の結論に何ら影響を及ぼすものではない。刑事責任を追求する捜査官の立場と、多数の労働者を雇傭し営利を追求する立場にある経営者が企業秩序を維持するため従業員に対し懲戒権を行使する場合とでは、従業員の犯した過失に対する判断も自ら異なつてくるのは当然であるのみならず、さきにふれたように社会的に厳しい規律を要請されている立場にある会社の懲戒権の行使が、刑事責任の追求の場合と同一結果をとらなくてはならぬものではない。

また、被申請人代表者本人尋問の結果によると会社従業員のうち、従来飲酒運転を犯した者は申請人を含め三名を数え、これらはいずれも物的損害を惹き起しているにとどまり、人的損害迄生ぜしめている者は皆無であるけれども、いずれも懲戒解雇されていることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。従つて、会社が申請人を懲戒解雇に付したからといつて、ことさら申請人に対してのみ苛酷な処分をなし、他の場合と権衡を失しているとは考えられず、本件懲戒解雇をもつて就業規則の適用を誤り、ひいては、懲戒解雇権の濫用であるとかいうことができないことはいうまでもない。

(五)  申請人は、会社の申請人に対する本件懲戒解雇の決定的理由は申請人が終始一貫して神自交川崎共同タクシー支部に属し、その会計担当役員として組合活動に積極的であつたことにあると主張し、証人吉沢優、同会森勝太郎の各証言によると、申請人が終始一貫右支部の組合員で且会計担当役員であつたこと、会社が右支部の存在に好意をもつていなかつたことは認めることができるけれども、それだけのことで本件懲戒解雇の真の原因を申請人の神自交川崎共同タクシー支部加入にあり、会社が右組合の切崩しをはかつたことによるとすることは、さきに認定した懲戒解雇事由と比べてみて、とうてい是認することができないのみならず、証人木村幸の証言及び被申請人代表者本人尋問の結果によると、申請人は前記事故直後その過失を全面的に認め制裁を受けるべきことを承服する態度に出ていたことを認めることができ、申請人が右支部組合員なるが故に特に不利益な扱いを受けたと考えることもできない。他に申請人の不当労働行為の主張をなつとくさせるに足るだけの証拠は、本件にあらわれておらず、申請人の右主張を容れる余地はない。

(六)  次に、本件解雇が所轄川崎労働基準監督署長の労働基準法第二〇条の規定によるいわゆる除外認定を経ないでなされてしまつたことは、当事者間に争いのないところである。しかしそれがため、本件懲戒解雇の効力が左右されることにはならないと解するのが相当である。除外認定制度は、労務行政の立場から、使用者が恣意的に懲戒解雇乃至即時解雇をなすことを抑制せんとし、かかる場合まずもつて行政官庁の認定を受けるよう使用者側に義務づけたもので、その本質は事実確認的なものである。除外認定を経たかどうかということと、客観的に労働基準法第二〇条第一項但書に該当する事由が存在するかどうかということ(本件では懲戒解雇事由の存否)とは別個の問題であつて、除外認定を受けないで懲戒解雇をした場合でも、現実にその事由が存するならば、有効であり、これに反し除外認定を経た場合でも、本来その事由を欠いているときは、解雇は無効とされざるをえないのである。従つて、前示認定のごとく本件懲戒解雇はその理由ありとされたのであるから、それが除外認定を経ずになされたからといつて、その効力に消長をきたすことはないというべきである。また、会社就業規則第二一条四号に、懲戒解雇に関して申請人主張のような条項の定めあることは、当事者間に争いがないが、右条項は労働基準法第二〇条第一項但書、第三項、同法施行規則第七条の規定をそのまま要約してひきうつしたものにすぎず一方被申請人代表者本人尋問の結果によると、会社では従前から懲戒解雇の場合に右条項による除外認定を受けるべきことを必らずしも明らかに認識していなかつたことが認められるから、右条項の定めあることをもつて、会社が懲戒解雇の効力を除外認定の有無によつて左右さるべきものとして、懲戒解雇をなすにつき自律的制限を加えた趣旨のものとみることは相当でない。会社が除外認定の申請もせずに懲戒解雇を行つたときは、罰則の適用を受け、また債務不履行の責に任ずべきことがあるにすぎないものと解すべきである。してみると、本件懲戒解雇の効力が左右さるべきものでないことは、さきの説明から明らかであろう。

(七)  しからば会社の申請人に対しなした本件懲戒解雇は有効であつて、申請人は昭和三八年一一月六日限り会社従業員たる地位を失つている故、本件仮処分申請は被保全権利の存在を欠き、仮処分の必要性につき判断する迄もなく、理由なしとして却下せざるをえない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀田繁勝 石沢健 谷川克)

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